相続した実家の玄関を開けて、まず止まる。茶箪笥、仏壇、昭和の衣装ケース、庭の物置に積まれた古いタイヤ。これを誰が片付けるのか。自分なのか、買う人なのか、それとも引き継いだ兄弟で割るのか。業者に電話する前に、ここで一度詰まる人がすごく多いです。
答えは立場で変わります。しかもネットの記事は、売主の話と借主の話と相続放棄の話をごちゃまぜに書いているので、自分がどこにいるのかが分からなくなる。「売主」「買主」「相続人(放棄するかどうか)」「貸主借主」の4パターンに分けて、誰が片付ける義務を負うのか、どこで答えが逆になるのかを記載します。
私は清掃・解体まわりの業者マッチングサービスを運営していて、業者側の管理画面を日常的に見ています。発注する側ではなく、発注が集まる側にいる人間です。そのうえで、頼む側が損しないように記載します。私自身、母の実家を処分したときも、同じところで最後まで迷いました。
この記事の要点
- 仲介で売る場合は、残置物の撤去は原則として売主の負担。引き渡しまでに空にして渡す前提で契約書に書かれるのが一般的(SUUMO住まいの売却ガイドほか各種解説)。
- 買取(業者が買う)の場合は、残置物込み・現況渡しで契約不適合責任を免責にする前提で進められることが多い。片付けを売主がやるか買主がやるかは個別交渉。
- 相続した空き家の残置物は、相続人の相続財産に含まれる。相続放棄する可能性があるなら、価値のある家財の処分は法定単純承認(民法921条)にあたる恐れがあるため、動く前に判断する。
- 賃貸で借主が置いていった荷物は、貸主が勝手に捨てられない。原状回復ガイドライン(国土交通省)の枠組みと別で、所有権の問題として処理する必要がある。
- どの立場でも、見積もりを取る前に「誰が、いつ、何の名義で発注するか」を1行で決めてから業者に連絡したほうが、話が早い。
4つの立場を1枚にまとめる
先に全体像を1枚で見てから、順番に見ていきます。見積もりを頼む前に、自分がどこの列にいるのかを確定させるのが先です。ここが曖昧なまま電話をかけると、業者から見積もりが返ってこない理由にもなります。
| 立場 | 残置物を片付ける義務を負う人 | 費用を負担する人 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 売主(仲介で売る) | 売主 | 売主 | 引き渡し時に「空の状態」が原則。契約書の残置物特約を確認 |
| 売主(買取で売る) | 交渉で決まる | 交渉で決まる | 残置物込みで買い取る業者もいる。買取額に撤去費が織り込まれる |
| 買主 | (原則負わない) | (原則負わない) | 「現況渡し」特約で引き受けた場合は買主負担。契約前に明文化 |
| 相続人(承認する) | 相続人 | 相続人(複数いれば協議) | 遺産分割前に動くと後でもめる。先に相続人全員の合意を取る |
| 相続人(放棄を検討中) | 保存義務の範囲内のみ | 基本は動かさない | 価値ある家財の処分は法定単純承認(民法921条)扱いのリスク |
| 貸主(借主退去後の残置) | 所有権は借主 | 原則借主 | 勝手に捨てると違法。契約条項と内容証明で手順を踏む |
| 借主(居住中・退去時) | 借主(自分の物) | 借主 | 通常の原状回復(国交省ガイドライン)とは別枠 |
この表を見てもらうと分かるんですが、同じ「残置物」という言葉で呼ばれているのに、答えが真逆のケースが混ざっています。売主と買主、貸主と借主、相続する人と放棄する人。この4つの軸でそれぞれ事情が違う。「残置物は売主負担」とだけ覚えると、賃貸や相続放棄の場面で判断を間違えます。
パターン1:売主(仲介で個人に売る)
仲介で個人に売るときは、残置物の撤去は原則として売主の負担です。引き渡し時には家の中が空になっている状態で渡す、というのが売買契約書の一般的な前提になっています。SUUMOの住まいの売却ガイドでも、売買契約書に「残置物は売主が引き渡しまでに撤去しなければならない」旨の特約を入れるのが一般的と説明されています。
理由はシンプルで、残置物の所有権は売主にあるからです。建物と土地を売っても、中に置いてある家具や衣類の所有権までは買主に移らない。だから「空にして渡す」が標準になっている。
注意点が2つあります。1つ目は、建物を解体して更地で売る場合でも、建物内の残置物は売主が片付ける必要があるということ。「どうせ壊すんだから残置物も一緒に」と考える人が多いんですが、解体業者がまとめて処分すると、本来は一般廃棄物として扱える家財が産業廃棄物の扱いになり、割高になる場面があります。この話は残置物を解体業者にまとめて頼んだときに割高になる構造で分解しました。
2つ目は、仲介であっても「現況のまま引き渡す」特約を結べば、残置物を残したまま引き渡すこと自体は可能だということ。この場合、片付けの手間と費用が買主側に移る代わりに、売却価格が下がる方向で調整されるのが普通です。片付けてから売るのが得か、現況のまま売るのが得かは、物件の状態と買主層で変わります。売却を迷っている段階なら、仲介と買取で片付けの合理性が逆転する可能性があることを頭の片隅に置いて、不動産会社と話したほうが安全です。
発注の実務:売主の名義で、売却の前にやる
仲介で売る場合、残置物撤去の発注は売主の名義で、売却契約の前にやるのが基本です。契約してから片付けると、引き渡し期日に追われて業者の相見積もりが取れなくなる。段取りとしては、媒介契約を結ぶ前後に片付けの見積もりを並行で取り始めるのが現実的です。
パターン2:売主(買取業者に売る)
買取のときは、残置物の扱いは契約でどうにでもなります。残置物込み・現況渡しで、契約不適合責任も免責で引き取る前提の業者がかなり多い。買取側は不動産のプロなので、残置物の撤去費を自分たちのコストに織り込んで、その分を買取額から差し引くという作りです。
売主から見ると、片付けの手間がゼロになる代わりに手取りが減る。これが得かどうかは、自分で業者を手配して片付けた場合の費用と、買取額から引かれる額を比べて判断するしかないです。業者側の管理画面で見ていると、立米単価の表示は業者ごとにかなり幅があります。公開されている表示価格を並べた幅で2倍から6倍くらい開くこともあって、片付けた場合の自分の総額を見積もらないまま買取額だけで判断すると、どちらが得か分からない。立米単価が業者で2〜6倍違う理由はそこで分解しています。
私は業者を集める側のサービスを運営しているので、業者側の都合も見えています。そのうえで言うと、買取の見積もりを取るときに「残置物込みの金額」と「残置物を売主が片付けた前提の金額」の2本を出してもらうのが一番わかりやすい。差額が、業者側が見積もった撤去費の実額に近いです。この2本があれば、自分で発注するか買取に含めるかの判断がつきます。
パターン3:買主(残置物付きで買うとき)
買主側の原則は、残置物を引き受ける義務は負わない、です。所有権は売主にあるので、売主が持ち出す。これが標準。
ただし「現況のまま引き渡しを受ける」特約を入れた場合は、残置物の処分義務と費用は買主に移ります。中古の空き家を安く買って自分でリフォームするDIY層、再販を前提にした買取業者、更地にして使うことを前提にした隣地所有者。このあたりは現況渡しで引き受けるのが普通です。
買主として注意するポイントは3つあります。1つ目、契約書の特約に「残置物を含めて現況のまま引き渡す」と書かれているか。2つ目、庭や物置の中身まで含むのか、家の中だけなのか。3つ目、産業廃棄物にあたりそうなもの(タイヤ、バッテリー、消火器、農薬、建材の端材)が含まれていないかです。
3つ目が意外と効きます。産業廃棄物扱いのものが混ざっていると、処分ルートが別になり、見積もりが跳ねます。契約前の下見で物置と床下を必ず確認してください。業者マッチングの運営側で見ていると、「家の中は想定内だったが、物置と庭の裏手で費用が倍になった」という相談が業者からよく上がってきます。
パターン4:相続人(承認して処分する)
相続した空き家の残置物は、相続財産の一部です。預金や不動産と同じで、相続人全員の共有になります。1人で勝手に処分するのは、法的には問題が起きうる。
実務では、遺産分割協議書で「〇〇が家財道具を承継し、処分する」といった形で片付けの担当を決めてから動くのが安全です。協議書の前に動くと、後で「あの着物は私がもらうつもりだった」といった話が出て、兄弟間でこじれます。これは私が母の実家を処分したときも、同じところで神経を使いました。
相続人が複数いる場合、費用の按分も決めておいた方がいい。片付けの実費を立て替える人と、相続分の按分が違うと、後から精算が面倒になる。業者への発注は代表者1人の名義でいいんですが、見積書と請求書は相続人全員で共有する前提にしておくと、後の精算で揉めません。
譲渡所得との関係も先に見ておく
相続した空き家を売る場合、残置物の撤去費用が譲渡費用として認められるかは、撤去のタイミングと目的で変わります。要件は細かく、個別事情で変わるので、適用の可否は税理士または所轄の税務署に確認してください。ここは税理士と税務署が判断する領域です。
パターン5:相続人(放棄するかもしれない)
相続放棄を検討している段階では、残置物を勝手に動かさないほうが安全です。民法921条で定められている法定単純承認の規定にひっかかる可能性があるからです。価値のある家財道具を処分・売却・取得すると、相続を承認したとみなされて、放棄ができなくなるおそれがあります。
「価値のある」の線引きが曖昧で、ここが現場で一番難しい。昭和の桐箪笥、父が集めていたレコード、茶道具、着物。価値があるのか無いのか、素人には判断できないものがたくさんあります。放棄を検討しているなら、動く前に弁護士か司法書士に相談するのが基本です。これは業者の領域を越える話なので、見積もりを取るより先です。
さらに2023年4月に民法が改正されて、相続放棄をした人の管理義務(旧940条)は「現に占有している」場合の保存義務に整理されました。放棄すれば完全に無関係になるわけではありません。現に家の鍵を持っていて管理している状態なら、次順位の相続人や相続財産清算人に引き継ぐまでの間は保存義務を負います。この保存義務の範囲で最低限の対応(倒壊防止の応急措置など)をする余地はあっても、積極的に残置物を処分するのは別の話です。
私のサービスにも相続放棄を考えている方からの問い合わせは入ってきますが、ここに関しては受注する前に「まず弁護士か司法書士に話を通してください」と返しています。業者に先に発注してもらっても、後で放棄できなくなったら誰も幸せにならない。
パターン6:貸主(借主が置いていった荷物)
これは空き家の話とは少し違います。相続した家が元々賃貸物件だったケースや、相続後に一度賃貸に出した家を回収するケースで出てくるので、ここにも記載します。
借主が退去後に荷物を置いていった場合、その所有権は借主にあります。貸主が勝手に処分すると、器物損壊や窃盗にあたりうる。「もう捨てていい」と口頭で言われていても、トラブルになったときに証拠になりません。
実務では、賃貸借契約書に「退去後〇日以内に搬出されない残置物は所有権を放棄したものとみなす」といった条項を入れておき、退去時にその条項を確認する流れが取られます。条項がない場合は、内容証明で引き取りを催告してから処分する、など段階を踏む必要があります。借主本人と連絡が取れない場合は、弁護士の助けを借りて進めるのが安全です。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、壁紙や床などの建物価値の減少をどう負担するかの話で、「借主が置いていった動産をどうするか」の話ではありません。ここは別枠で処理します。混同しやすいので注意してください。
パターン7:借主(居住中・退去時)
借主側は、自分の物は自分で持ち出す。これが大原則です。退去時に家財が多すぎて自力で運べない場合、不用品回収や遺品整理の業者を使うことになります。
借主の立場で見積もりを取るときに注意するのは、建物の原状回復とは完全に別のタイマーで動くということ。退去立会いの日に向けて、動産の搬出は「立会いの前日までに完了」というのが現実的なスケジュールです。立会いと撤去を同じ日にすると、業者が間に合わないリスクがあります。
4パターンで共通する「見積もりを取る前の3行」
立場が違っても、業者に見積もりを頼むときに最初に書いておく3行は同じです。ここが曖昧だと見積もりが返ってこない、または返ってきても他社と比較できないものになります。
- 誰が発注者になるか(売主本人/相続人代表/貸主)と、請求書の宛名
- 引き渡し期日(売買契約があるならその日付、相続なら目安の月)
- 家の名義と、現在の鍵の所在(遠方なら立ち会い可能日まで)
業者マッチングの運営側で見ていると、この3行が揃っている依頼は返信率がはっきり高いです。逆に「とりあえず概算を知りたい」だけの問い合わせは、業者が後回しにする。業者側に悪意があるわけではなく、確度の高い案件から順に対応するのが仕組みとして自然だからです。相見積もりを出しても返事が来ない理由はそこで詳しく分けました。
遠方からの依頼で現地に行けない場合は、写真の撮り方で見積もりの精度が大きく変わります。これは別の記事にまとめたので、遠方で動けない方はズレない写真の撮り方を先に見てから業者に送ってください。
立場が重なるケース(相続人がそのまま売主になる)
実際に一番多いのは、立場が重なるケースです。相続した実家を、相続人がそのまま売主として売却する。この場合、順番としては「相続人として相続財産を確定させる→売主として残置物を片付ける→売買契約を結ぶ」になります。
片付けの発注は「相続人代表」の名義で、売却の媒介契約を結ぶ前にやるのが現実的です。相続人が複数いるなら、遺産分割協議書で代表者を決めてから。協議書を飛ばして動くと、後の譲渡所得の計算と費用按分のときに整理がつかなくなります。
買取にするか仲介にするかは、片付けの手間を自分で引き受けられるかで決まる面があります。遠方で、何度も通えない。平日は仕事で動けない。この条件に当てはまる人は、買取で残置物込みの査定を取るほうが、総額で見て得になる場合がある。一括見積もりサイトを使う前の判断軸は、運営側からの開示にまとめました。
あなたに残しておきたいお悩み(結論を閉じない)
最後に、ここで答えを閉じ切らないお悩みを1つ残しておきます。「残置物の中に、価値があるかもしれないものが混ざっている場合、片付けを急ぐべきか、まず鑑定を入れるべきか」。これは、相続人の人数、物件の立地、所有者の人柄、売却の期限、どれかの事情で答えが変わります。
私の立場からの意見としては、「鑑定を入れる時間と費用が、片付けを遅らせることで発生する固定資産税・近隣対応・自分の精神的コスト」を上回るかを冷静に見てから決めるのが現実的だと思ってます。業者マッチングを運営していて、どちらの話も聞きます。「鑑定で2年止めている間に家が傷んで、結局解体費が増えた」という話。「急いで捨てたら後で高いものだったと分かった」という話。
どちらを選んでも後悔はある。だから、自分の家族の事情で決めるしかない部分です。見積もりはあくまで判断の材料で、判断そのものは依頼する人の側にある。ここは忘れないでください。
よくある質問
Q1. 仲介で売る契約を結んだ後に、残置物の片付けが間に合わなさそうです。どうすればいいですか
まず仲介の不動産会社に状況を伝えて、引き渡し期日の延長が可能か相談してください。期日が変えられない場合、「残置物を含めて現況のまま引き渡す」特約に変更する選択肢があります。その場合、買主と交渉のうえ、片付け費用の実費相当を売買価格から控除する形になるのが一般的です。契約の条件変更は不動産会社経由で、書面で残して進めてください。
Q2. 相続放棄を考えています。家の鍵は持っていますが、何もしてはいけないのでしょうか
価値のある家財の処分・取得・売却は、民法921条の法定単純承認にあたり、相続放棄ができなくなるおそれがあります。一方で、2023年4月施行の改正民法で「現に占有している」場合の保存義務が整理されたので、倒壊防止や近隣への危険防止といった保存の範囲内の最低限の対応は想定されています。どこまでが保存で、どこからが処分かの線引きは個別判断になるため、動く前に弁護士または司法書士に相談してください。業者への発注はそのあとです。
Q3. 相続人が3人いるのですが、片付けの費用を1人が立て替えて後で精算することは可能ですか
可能です。実務では代表者1人が発注・支払いをして、相続分または協議で決めた割合で後から精算する形が多いです。注意点は2つ。1つ目、見積書・請求書・振込記録を全部保管しておくこと。2つ目、相続人全員の合意を事前に取り、できれば簡単なメモでいいので書面に残しておくこと。遺産分割協議書に「〇〇が家財を処分し、費用は相続分に応じて精算する」と1行入れておくのが安全です。
Q4. 買取で「残置物込み」と言われましたが、本当に全部そのままでいいのですか
「残置物込み」の範囲は業者ごとに違います。家の中の家具・家電は含むが、庭の物置やタイヤ、消火器、灯油タンクは別扱い、というケースがあります。契約前に、含むものと含まないものを書面で確認してください。あわせて、思い出の品や貴重品、郵便物(相続関係の書類、権利証)は必ず自分で先に抜いておく。業者に全部任せると戻ってこないものがあります。
Q5. 賃貸の借主が退去して3か月、連絡がつきません。残っている荷物を処分していいですか
結論として、独断で処分するのは避けてください。所有権が借主にある以上、無断処分は損害賠償の対象になり得ます。実務的な手順としては、賃貸借契約書の残置物条項を確認します。次に内容証明郵便で引き取りを催告し、それでも応答がない場合は弁護士に相談して法的手続きで進めるのが安全です。賃貸管理の領域なので、不動産会社または弁護士と手順を詰めてから業者に発注してください。
Q6. 「現況渡し」と「残置物込み」は同じ意味ですか
似ていますが、同じではありません。「現況渡し」は建物の状態(雨漏り、傾き、設備の故障)を現状のまま引き渡すという、契約不適合責任の範囲を限定する特約の意味で使われることが多いです。「残置物込み」はさらに動産(家具・家電・衣類など)を残したまま引き渡すという、所有権の移転範囲の話です。両方を特約に入れるのが一般的ですが、契約書の文言で範囲を必ず確認してください。
このページで参照した一次情報・公開資料
- 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドラインに関する参考資料」(賃貸の原状回復の枠組み)
- 民法921条(法定単純承認)、民法940条(相続放棄者の保存義務。2023年4月1日施行の改正内容を含む)
- SUUMO住まいの売却ガイド「残置物とは?放置するリスク、賢い処分方法・費用を解説」(売主の引き渡し義務の実務解説)
法令・ガイドラインの解釈や、個別の契約・税務・相続の判断は、弁護士・司法書士・税理士・宅地建物取引業者といった専門家の領域です。この記事は見積もりと発注の段取りの話に限定しています。

